法務局の帰化相談で涙ぐむ人

 今年の大阪法務局は帰化申請の際に待たされることが多くなっており、賑わっております。
 昨日の帰化申請でも待合室で結構たっぷり待たされましたが、その後の最終点検を終えた後での、帰化申請者ご本人と受付待ちをしていた時のお話です。

 私が点検を終えて出てきた後に、すぐ呼ばれた女性の方が比較的早い時間で、相談室から退出して来られました。
 ハンカチで口許を押さえて。
 私と一緒に居たうちのお客さんは、全く気が付かなかったようですが、目には涙が光っています。

 これは良くある光景で、相談室の中で帰化申請が前に進めていけない深刻な障害を指摘されたものと思われます。

 とりわけ特別永住者の方においては、ずっと以前から漠然とした帰化の希望を持ち続けて来た方が、いわば意を決して重い腰を上げられて来られることがおおいです。
 ところが、一念発起してやっと訪れた法務局で、帰化申請不許可、というより「受付すらできません」という現実に直面し、こみ上げてくる絶望感に感情を抑えられなくなるのも無理はありません。

 何とかしてあげたいな、と思います。

 今日、こうやって法務局に来る「前に」法務局の北となりのASC申請支援センターにお越しになられれば何とかなったかも知れないのに、とも思います。

 その時、私がご一緒していた申請者の方も、今年の年明けに申請支援センターに相談に見えられた際には、完全に申請できない幾つもの問題を抱えていらっしゃいました。

 しかし、「私のアドバイスを良く聞いて、貴女が本気で取り組むつもりがあるのであれば、なんとかなる可能性は残されています。」とお伝えすると、ほどなく正式にご依頼になられ着手金もお振り込みになられました。

 この方は身分関係上の非常にレアな問題を抱えているケースだったのですが、申請支援センターの「実際に」1,000件を越える帰化申請を初めとする事件簿の中から同様のケースでの成功例を幾つかあたり対処しました。
 その後、本人自身も必死で私の言うとおりに、ひとつひとつ根気よく頑張ってクリアされて行き、半年かけて昨日、やっと、受付となったのです。2週間くらいで済ましてしまう一般の特別永住者・給与所得世帯申請にかかる労力とは全然違いました。
(厳密に言うと全く「同様のケース」と言うのは存在しません。実際、この案件もほぼ同様と考えていた案件と、重要な部分で違っており、あとで受付可能事案である根拠が根底から崩れて一瞬あせりましたが、受付までたどり着けたのです)

 涙ぐんで法務局国籍課を出ていかれた方を眺めながら、私が複雑な心境でいると、うちの帰化申請者の方が呼ばれ、10分ほどで受付も完了しました。受付してくれた方が担当になるとは限りませんが、真面目で優しいいつもの女性職員の方にあたったようです。

 受付が終わられて、出て来られた依頼者と3階ホールで帰化受付後のこれからの注意点等について15分ほど打ち合わせをして、エレベータに乗り込もうとすると、何とあの、先に出ていかれて後姿を見送ったはずの涙の女性が同じエレベータに乗り込んで来られるじゃありませんか!
 まだ、ハンカチを持ってらっしゃいます。

 国籍課を出ていかれてから、30分近く経っています。
 同じフロアには、喫茶店も何もありません。
 大阪法務局の廊下は、一本道です。

 推察するに、話が下世話で恐縮ですが、おトイレで30分、泣いてらっしゃったのでしょう。

 「大変でしたね。」とも声を掛けられないので、「1階でいいですか?」とエレベータボタンの前で申しあけましたら、軽く会釈されるまでには回復されていました。

 半年前、涙を浮かべておられたうちの依頼者の女性と、今、泣いておられたその女性に挟まれて、エレベータは1階へ降りていきました。