日本の帰化申請においての帰化条件は、厳しいのですか?緩いのですか?というご質問を、大学の研究室やマスコミ関係者の方からいただくことが、たまにあります。
大阪市立大学の研究室より依頼があり、帰化申請を専門に行っている行政書士として帰化申請現場調査に数時間協力をいたしました時には、研究室の方はまだあまり帰化申請についてご理解されていなかったようで「厳しすぎるのではないか?」というスタンスでお越しになられましたが、「帰化の条件も、法務大臣(法務省・法務局)の調査も、日本人の主権を守るためにギリギリ最低限のラインでしかなく、むしろ帰化条件は緩すぎるくらいである。」ということをお話し納得していただきました。
その時に私が回答した基準は、帰化申請業務を多数行っている中で、単なるいち日本人としての物差しをもって見つめた主観的心情をお話ししただけのことなのですが、他国との比較上の、相対的観点をもってしても、やはり日本国の国籍法に定められた帰化条件も、現実に行われている帰化申請に関する調査内容も、明らかに他国に比べて緩すぎますし、歯に衣を着せずに申し上げますならば、「甘すぎる」と表現しても差し支えないレベルでしょう。
例えば、素行条件の調査ひとつ取ってみましても、アメリカではFBIが直接帰化申請者の素行調査をするのに比べて、日本では居住地の警察に過去の前歴照会を掛けるくらいのことです。交通違反についても、5年間の運転記録証明書を本人取得させるだけです。もちろん、法務局の職員は一生懸命に本人の正直さ等については緻密な質問や調査を掛けていくのですが、やはり素行調査は、2,3年程度ローテーションで国籍業務を担当するだけの法務局職員に与えられた権限だけでは実質的に限界があることと存じます。
これらの問題は単に法務局のやり方が悪いとか、そのようなものではなく、法務省に関わらず国の機関や地方自治体も含めて外国人行政に対してあまりに軽視をしていることが問題なのです。それは国や政治家だけでなく市民自身が軽視をしているために、日本人に対しての行政サービスの「おまけ」くらいの位置づけにあり、予算を潤沢にかけることができないのが現状だからです。
しかし、「移民社会」という、長きにわたり単一民族国家であった日本人社会にとっては末恐ろしい社会への移行に舵を切ろうとしていく中、治安や日本人の主権を守っていくためには、「おまけ」予算ではなく、確実に外国人の方を管理していくための予算をつぎ込む必要があることと存じます。それがひいては日本人自身の主権を守ることにつながることを、市民全員が理解し同意する必要があることでしょう。
米国における帰化申請で、FBIが動く予算が取れるということは、アメリカ国民が自分たちの国を愛し、自分たちの主権を守るために膨大な予算をつぎ込むことに理解をもっているからなのです。
日本で同じような予算をつぎ込んだ場合に、「外国人の帰化申請なんてもののために大事な税金を使うくらいなら、社会福祉費を増やせ」などとまったく理解できていない声があがりそうで悲しい気持ちがいたします。日本の国を守ってこそ、福祉や諸々の人権を守ることが可能になるのではないでしょうか。
提供:帰化申請の「ASC申請支援センター」