外国籍の子の出生届にひらがなの名前が記載できないという事について一部で議論されているそうですので、少し言及したいと思います。
外国人の出生届の話の前に、日本の戸籍上の外国人の名前という事から考えていきましょう。
まず、外国人は帰化申請をして帰化が許可され日本人にならない以上は「日本の戸籍」自体はありません。
これが大前提。
だから、本人の戸籍というものは日本にはありませんし、外国人の氏名は基本的に「まず、母国の言葉による氏名が存在」して、それをどう日本語に翻訳するのか、というだけの事です。
前述の通り、外国人自身の日本の戸籍と言うものは存在しませんから、本人自身として日本の戸籍に記載されることはないのですが、「従前の氏名」といって日本国に帰化した人の帰化する前の氏名や、帰化した人や両親のどちらかが外国人である人の父母欄の氏名、外国人と結婚した人の配偶者の氏名、外国人と養子縁組をした人の養父母や養子の氏名など、日本の戸籍に外国人の氏名が記載される場面というのはあるわけです。
日本の戸籍には外国語は記載できませんから、それぞれの名前は「母国の言葉による氏名」を日本語に翻訳して記載しなければなりません。
ところが、国によって発声自体が違うわけで、私なんぞは学生時代から長い事バンドで外国語の曲をカヴァーしてきましたが未だにイギリス人とかアメリカ人の発音が全くできないくらいで「英語のようなカタカナ」で歌っているというのが実際のところだと思うくらいであり、同じように、戸籍に載せるための翻訳の作業と言うのは、外国の名前を無理矢理に日本人の使う五十音の言葉の鋳型に押し込むという作業ですから、将来の相続の際などに支障が起こらないように身分関係を確定させるためには、非常に慎重に行わないといけない作業なのです。
たとえば、英語などのMaryという名前ひとつとっても、メリーとするか、マリーとするか、メアリとするか、メアリーとするか、しっかりと考えなければなりませんし、さらにそれに、ひらがなが加わると、めりーも、まりーも、めありも、めありーもあれば、マリとか、まりとか、めいりーとかも出てくるかもしれません。
そこで、世界でも比類ない精度と使い勝手を誇れる身分関係登録制度である日本の戸籍において、旧戸籍法の時代から慎重に守り行ってきた外国人名の記載のルールを、現在の戸籍法が大枠を改正した昭和59年11月1日に交付されるとともに発せられた民二第5500号民事局長通達の中で、取り扱いが整理されたのです。
同通達では「戸籍の身分事項欄及び父母欄に外国人の氏名を記載するには、氏、名の順序により片仮名で記載するものとするが、その外国人が本国において氏名を漢字で表記するものである場合には、正しい日本文字としての漢字を用いる時に限り、氏、名の順序により漢字で記載して差し支えない。片仮名で記載する場合には、氏と名はその間に読点を付して区別するものとする」とされました。
これで、少なくともMaryについては、メリーか、マリーか、メアリか、メアリか、マリか、メイリーあたりのカタカナ表記の中で慎重に「翻訳した読み」を選択すれば良いという事になったわけです。
それでさえ大変なのです。実際に帰化申請をする方が、例えばメアリとして日本人との結婚届を出していて配偶者の身分欄に記載され、その後に何らかの理由で外国人登録や住民票上の名前がマリーとなっていて、かつ自分としてはマリーと認識していて、従前の氏名はマリーだというならば、日本人夫の戸籍に記載されているメアリという表記を「裁判所の許可を得て」訂正してからでないと、帰化申請が受け付けられないほどの慎重な取り扱いがなされているのです。
とにかく大事な事は、外国人の名前は無理矢理に日本語に翻訳した表記であり、それについて、ひらがなに翻訳して欲しいという自由は、日本の世の中の安定と比較して守られるべき利益ではないと私は個人的には考えます。日本の戸籍に母国語で記載して欲しいという自由も、日本人が読めない、発音できない文字で記載する事のマイナスを考えると、利益はないでしょう。
なにしろ、ここは、日本国なのですから。
少なくとも「子の名に使える文字」の中で自由に表記できるのは、”日本人”の氏名だけなのです。
そして、今、話題となっている出生届に書く氏名は、「戸籍に記載されるための氏名」ですら、ありません。
出生届書における外国人である子の氏名の表記については、昭和56年9月14日民二第5537号民事局長通達の中でも、戸籍に記載される外国人の名前と同様に「子が外国人である場合には、出生届書に記載する子の氏名はカタカナで表記し、その下に本国法上の文字を付記させなければならない。ただし、届出人が本国法上の文字を付記しない時でも、便宜その届出を受理して差し支えない。子が中国人、朝鮮人等本国法上氏名を漢字で表記する外国人である場合には、出生届書に記載する子の氏名は、正しい日本文字としての漢字を用いるときに限り、カタカナによる表記をさせる必要はない。」と決められています。
通達内で「本国法上の文字」と表現された氏名が、正しい本人の氏名です。
メアリと書いても、めありと書いても、登録する身分上のレジストリは日本にありません。わずかに、住民票上に登録されるのみです。逆に住民票はローマ字表記がなされます。まあ、それも五十音に合わせるのとそう変わりないことですが。
いずれにしても、仮に日本の出生届にめありと書いても、母国のパスポートにひらがなでめありと書かれることはありません。あくまでもMaryさんが本名です。
日本に出生届を提出した後であっても、いつかは本国のレジストリに登録すべきですし、当然、母国語でレジストリされるわけです。
日本にレジストリされることのない出生届書に、カタカナで書くか、ひらがなで書くのか、という議論は不毛に感じます。
むしろ、ひらがなの名前を持ちたいというくらい日本国が気に入っているのであれば、家族で帰化申請をして、日本人として「子の名に使える文字」の中で自由に名前を決めれば良いのではないでしょうか。
帰化申請を生業としている身を離れても、日本人としてそう思います。
「ひらがなの名前をつけようとしたら、外国籍の子どもは『漢字とカタカナ』しか使えないと言われた」という記事は、子供を引き合いに出しているので、一瞬、「かわいそうだなあ」とか「差別じゃないか」などと私自身も勘違いしそうになるのですが、よく考えてみれば、母国語以外の正式な名前を持たせたいというワガママなだけなのです。
フランスの出生届で、うちの子供にAlain Delonと名付けても、日本の戸籍にAlain Delonと書かれない以上は、「あらんどろん」か「アランドロン」か「亜蘭怒論」になるかはわかりませんが、いずれにしても、全く違う日本の名前なのであるのと同じことです。日本人である以上はAlain Delonになれません。
むしろ、このような記事が検索サイトになどのニュース欄に登場するのは、ヒューマニティーを建前に、地球上でこの上なく洗練された日本の戸籍制度を解体していきたい流れもあるのではないかと、勘ぐってしまいます。
とにかく戸籍制度は守りたい。
そして、日本国を守りたい。
それが日本人である私の願いです。