大阪府会議員の三田センセが帰化申請の申請支援センターを視察

 今日(日付が変わる前の12日)は大阪府会議員さんが天満橋のASC申請支援センターを視察に来てくれました。
 視察などと面白おかしく書きましたが、実のところは事務所の前で偶然出会ったら、そのままセンターに遊びに上がってきてくださっただけです(笑)。

 ちょうど13時から帰化申請の依頼者と打ち合わせをする来客予定があったので、朝一で難波の駐大阪韓国総領事館に帰化申請と創出的婚姻届出用の家族関係登録簿記録事項証明書を取寄によった足で大急ぎで天満橋に帰り、大阪法務局の2階に寄ってから3階に駆け上がって、国籍課で来週受付予定の帰化申請の書類点検を済ませて、1時間前の正午に事務所に戻ろうと、駆け足気味で事務所ビルの前まで帰ってきたら、ちょうど天満橋駅の方向から大阪市港区選出の三田勝久府会議員が南に降りてきたところにぶつかったのです。

 三田さんは私に気付いていなかったですし、お互いに忙しいので軽く挨拶だけと思って、「ミタセンセイ!お疲れ様でゴザイマス!、では。」という感じで、私から声を掛けました。
 すると、「おお!吉田。どこ行くねん!」と、いつもながらの元気な返事。
 「どこって、うちの事務所に帰ってきただけですよ。ちょうど、このビルですねん。」
 「ホンマかいな。いっぺん事務所見といてやるよ。」
 「えー。ミタセンセにあがってもらえたら、光栄ですわ。どぞどぞ。」
 という、流れになったのでした。

 7月の末に中馬元大臣を囲む同窓会で中華料理屋さんで一杯飲ったばかりでしたので、とくに積もる話もなかったのですが、超多忙な三田さんが事務所に来てくれるのは非常にうれしいことでした。

 ぱっと見て帰りはるのかと思ったら、結構、落ち着いて話をしてくださいまして、今後の南港の街造りに関する計画や抱負を、後輩をつかまえて熱く語ってくれました。
 これは、私がかねてから交通局のえらいさんの友達にも提案しているニュートラムを廃止して中央線と四つ橋線をつなぐ「大阪αライン構想」を陳情させてください、と言い出したことが長話の原因でした。

 三田さんとしては、真剣に取り組んでいる地元港区に関する話題で、素人の私から思い付きの大阪アルファラインてな話をされてカチンと来たのでしょう。
 中央線は南方向ではなく肝煎りのIRの方向に夢洲舞洲を経由してUSJ新桜島につなぐんだと、また、四つ橋線は北方向ではなく堺に向けて延伸するので、現時点ではニュートラムの位置付けはあくまでこの2つのメイン線のバイパスとして考えてほしい。単なる後輩に向かって、そう真面目に語られるのです。
 おまけに、世界一のソーラ試験場も作って、大阪もエネルギーを使う街から、エネルギーを産む街に、しなきゃいけねえんだよ、と。未来のことは、今やっとかなきゃ、いけないんだよ、と。次々に力説なさる三田サン。

 この人の偉いところは、身内の仲間と会っても、あまり昔話に時間を割かない。
 身内に対してでさえ、自分の政治の夢を語るのです。

 うーん。そんな人、覚えがあるなあ。
 天友とかの居酒屋で、秘書相手にでも、夢を語っていた中馬代議士ですね。
 三田さん、めっちゃ、中馬DNA。

 なんやかんやで、12時から40分位、時間を割いてくれました。

 何かしら集まりがあって会った時には、「帰化申請で世界一!申請支援センターです」などと冗談交じりに豪語していたもんですから、三田さんにも「ホンマに、ちゃんと事務所運営できてるんかいな。」ということを確かめておきたい気持ちがあったのかも知れません。

 本当は、しょぼい事務所じゃないんかな、と。

 まあ、実際、しょぼい事務所なのですが(笑)、そこそこ最低の恰好は付いていてよかったです。

 「事務所視察」というのは脚色的な表現なのかも知れませんが、実質的には「吉田の視察」だったのかも知れません。

 来客の1時間前に戻って依頼者との打ち合わせの準備をしようと思ってたのですが、40分も居てくださったので準備無しで打ち合わせが始まったので、その後の打ち合わせは6時間半に及びました。3時間で終わらそうと思ってたのに。

 また、この依頼者の方が、とある大学の学部長さんという偉い方でいらっしゃるもので、府会議員・大学の偉いさんと、本日は大物続きの一日でした。申請支援センターもほんの少したいした事務所に成長したのですかねえ。
 おふたりともフランクな方なのですが、さすがに夜には気疲れを感じているところを見ると、僕もまだまだやなあ。

 あ。しもた。おふたりとも看板の前で写真撮らしてもろたらよかった。