関越道バス事故の運転手の帰化申請の日本語条件を満たしていたか?その1

 申請支援センターの帰化申請の説明ページ中、日本語条件のページで詳しく触れているとおり、帰化申請が受け付けられ、その後帰化が許可となる為には、日本語力が必須となっています。

 帰化申請の条件を列挙した国籍法第5条に掲げられた法定の帰化条件の中には日本語条件はありませんが、日本語の能力は、日本への定着性と、生計条件、素行条件に密接に関わってきますので、十分に日本語の読み書きができなければ帰化申請をすることはできません。

 今回の関越道バス事故の一連の報道を拝見するとバス運転手は、日常会話は可能であるが、難しい日本語は理解できないと書かれています。また、取り調べには中国語通訳を通じて行っているということです。

 ただ、実際には運転手の日本語力が、本当に取り調べを受けられないレベルしかないのかどうかは疑問で、刑事事件としての立件や起訴後の刑事訴訟上、日本語がよく理解できなかったと否認されれば、供述調書の証拠力が無に等しくなるため、検察より通訳をつけることを指示されたものと考えられます。

 巷のツイッター、ブログ、掲示板などでは、「帰化申請を経ているのに日本が話せないというのはおかしい。帰化申請の際の審査は正しく行われたのか?」とか「日本の帰化申請条件はあまりにもハードルが低すぎるのではないか。」といった意見が、小さな世論として高まりつつあるようです。

 しかし、現時点で法務大臣が要求している日本語力は”日常会話を支障なく行える日本語力”ですので、報道されているとおりの「日常会話は可能」の日本語力で十分であり、「難しい日本語は理解」できる日本語力までは要求されていませんので、帰化申請の審査が不適当であったとは考えにくいです。

 帰化申請で求められる日本語力の見定めは、かなり数をこなしている行政書士でないと難しいところですが、当方で把握しているボーダーラインを考えると、こと日本語条件に関しては、確かにハードルは低いと、私も感じます。低すぎるといってもよいというレベルかもしれません。

 しかし、もともと法定条件ではありませんし、日本人は日本語を使用しないといけないという法律もないわけですから、本気で帰化における日本語条件のハードルを上げるためには、国籍法の見直しを行うことはもちろんのこと、「日本語を公用語とする」という憲法改正から行わなければなりません。
 日本で明文化されている公用語規定は、わずかに「裁判所法のみ」なのです。

 島国の良さで、長年にわたって、成文で公用語などを決めずとも、この美しく便利な日本語が公用語として十分に機能してきたわけですが、今後、多民族が暮らす国となっていくとすれば、早めに議論を尽くしていくべきかもしれません。(「美しく便利な」というのは、故意のミスディレクションではありますが、私の心の叫びでもあります。)

 しかし一方で、”「あたりまえに」日本語が公用語である”という不文律が成文化されることは、その後の憲法改正により、英語も中国語も韓国語もその他の言語も、数の力により公用語となりうることを意味しますから、国粋主義の立場からは大きなリスクをともないます。もともとの日本人は警戒をしなければなりません。その上で、もともと外国人だった仲間との折り合いをつけていくために、十分に議論をしていく必要があるのです。

 帰化申請をして日本人になっていかれる人は、ご自分が帰化申請をされる理由は「日本人のルールやマナーを守る気質や、日本人社会が自分にとって暮らしやすいから」と声を揃えておっしゃいます。しかし、その日本人気質というものは単一言語の島国が長年にわたって守ってきたものですから、違う言葉を使い気質の違う方々が多数派になった時点で「自分が帰化したかったはずの日本」ではなくなってしまうことも、帰化を望まれる方自身が理解しておく必要があります。

 暮らしやすい日本を提供される立場から、暮らしやすい日本を創り守っていく立場になることが、本当の帰化なのです。

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参考リンク:帰化申請の日本語条件

提供:帰化申請の「ASC申請支援センター」